小学校の統合

こんにちは。

名古屋市中区の福澤内科・皮フ科クリニックの皮膚科医 福澤加奈子です。

 

3月末で私の卒業した伏見にある御園小学校はなくなり、名城小学校と統合して丸の内小学校になりました。

元々御園小学校は名城小学校の分校でした。

子供の多かった頃でさえ2クラスの維持がギリギリでしたので、少子化に伴い統合は寂しいことですが致し方ないと思います。

 

御園小学校は街の中にひっそりある小学校で、南から名古屋観光ホテル、錦通り、下園公園、小学校という位置関係にあります。

昔、親達はよく授業参観やPTAの後に名古屋観光ホテルの最上階の喫茶室でお茶をしていました。
とてもおおらかな時代だったので、子供達はランドセルを背負ったまま、学校が終わると親の元に行き合流して帰る・・・なんて事もありました。

 

私は名古屋観光ホテルの上から眺める御園小学校が大好きで、本当は今回名古屋観光ホテルの最上階から最後の日の写真を撮りたい、と思ったのですが、会員制バーになっていたため諦めました。

 

伏見はオフィスビルが多く、地震や災害があった場合に緊急避難的に集まれる広場が少なく、上から眺めるといかにこのスペースが大切かがわかります。

 

小学校跡地は立地が良いため商業用地としても期待されているようです。

数十年間で街は変化を遂げていますが、最近は都心回帰の高齢の居住者も増えてきました。

医療従事者の立場から大地震や火災が起きた時の事も考えますが、何とか良い跡地の利用法を検討していただければ、と思います。

 

さて、御園小学校と名城小学校が統合して丸の内小学校と改名されましたが、場所は旧名城小学校のところにあります。

 

地域の中学は御園小学校と名城小学校が集まり丸の内中学となるので、改名、と言われたら、やはり丸の内小学校という名前になるのでしょう。

 

名城小学校の出身者は校名は勿論、校歌がなくなることに改宗するぐらいのショックがある、と言っていました。

御園小学校の校歌は、空は青空…と明るい曲調で歌詞は子供にわかりやすいものでした。

名城小学校の校歌は、名城のみそぎの庭に…と難しい言葉が使われていて子供には歌いにくかったかもしれませんが、それゆえに長い歴史を感じるものでした。

 

例えばドラえもんの声や歌が変わってしまい、私がショックを受けるのと同じように、歌と思い出が紐付いて記憶に残っているので、校歌がなくなる、というのは辛い話だと思います。

 

どちらの学校関係者にも気遣いながら話を進める、というのはとても大変な事だったでしょうし、そこにはOBやOGの思いも加わるので全ての方が納得する統合というのはそもそも難しいですよね。

 

ただ、例えばクラス替えができないほど子供が減ってしまうと、人間関係が固定されてしまいその弊害も出てきます。
接する友達の多様化が子供の心の発達にはとても大切だと思うので、大局観に立って統合にご尽力頂いた方々に感謝したいです。

 

振り返ってみると、小学生の私は今で言う不登校気味の保健室っ子でした。
学校へ行くと必ずお腹が痛くなり、保健室で何時間も寝ていて、早退を繰り返していました。

今でも保健室とベッドと壁の記憶は強く残っています。

 

私は小さい頃、歌とピアノなどの芸能的なことばかりやっていました。

小学1年生の時、卒業式で渡辺真知子のかもめが翔んだ日の替え歌バージョンのピアノ演奏をしたり、のど自慢に出たりして目立ってしまいました。

でもそういった事が自分のやりたい事なのかやらされている事なのかわからなくなり、きっと心のバランスが取れていなくて身体症状に出ていたのだと思います。

 

学校に馴染むのに時間がかかりましたが、保健室の先生も担任の先生も、手間のかかる私を気長に見守って下さいました。

今でも学校の先生は真似出来ない素晴らしい職業だな、と思います。

 

今生き辛いと感じているお子さんもその親御さんも、月日が解決してくれることはあるはずなので、皆それぞれが持つ個性を大切に生きていって下さい。

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